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私が富山で農業の手伝いをしていたが、「トマト」の栽培が最も思い出に残っている。 通常のトマトの出荷より早く市場…
江戸時代は米中心の経済のため当然のことながら、各藩とも新田の開発と共に反当たりの増収策が図られた。 このため自…
昔の専業農家の現金収入は極めてすくなかった。江戸時代の農業は士農工商といったくらいだから農家は商売もと考えても…
さて脱穀後、精米機にかけ玄米とした。この玄米の値段、当時60kg,一俵だったが、丁度1万円程度(Kg当り167…
脱穀したコメは籾摺りの工程となる。昭和になると臼に籾を投入してする方法だが家族総出で臼を回転させる方法で重労働…
元禄年間に発明された「千歯稲こき」(50cm位の高さで固定された横木に30cm位のとがった鉄の平板を30本位埋…
稲刈りから束ねた稲を地べたに干す場合、束ねた稲を20束位にさらにまとめて「稲架」(はさと読み、刈った稲を掛けて…
田植え後、十日あまりで苗が活着すると板鍬(いたくわ)で田んぼの土を打ち返す仕事がある。 大正の中頃に手押し回転…
明治の終わりごろまで田植えは定規を使わず縄を張って行われた。その後はしご定規、大正5-6 年頃より回転定規(こ…