- 脱穀
元禄年間に発明された「千歯稲こき」(50cm位の高さで固定された横木に30cm位のとがった鉄の平板を30本位埋め込んだ農具)は二百年余り愛用された重宝な器具だった。これが「足踏み式脱穀機」に代わるのは大正中ごろである。
私の記憶であるが戦後、脱穀機は足踏み式から電動モータを使い、太い針金を曲げて約70CMの円筒に埋め込んで高速で回転させることにより脱穀している時代に入っていた。
乾燥された一束の稲を順繰りに電動脱穀機に送るがこの脱穀機に稲束を順に送り込むチェーンがあるが間違って農婦が親指を挟まれ切断してしまった。切断された親指を藁(わら)の中から見つけ病院に駆けつけて医者に見せたがつながらなかった。その後婦人は親指を失った手を隠すようにふるまっていた。
農作業が機械化されるとトラクタ等があぜ道、坂道など踏み外してケガ、最悪死亡に至ることもあり注意が必要である。
最近は機械化されて小規模農家はいまだにこの機械を使っているかもしれませんが、コンバインに変わってきていると推察する。
脱穀した籾(もみ)は天気の良い日は庭に「むしろ」を敷いてその上に広げ天日で乾燥した。乾燥が不足している場合籾摺りが難しく、さらに米の保存も困難になり、米穀検査にも合格しないか、等級が落ちる場合がある。反対に乾燥しすぎると胴われが生じる。乾燥の度合いは籾の手触りや籾を歯で噛み、この感触で判断していたが戦後になり湿分測定器が表れて科学的判断ができるようになった。脱穀はコンバインになり籾の乾燥は乾燥機で行うようになった。あるいは刈り取った籾はそのまま「ライスセンター」や「カントリーエレベータ」に持ち込んだりした。
注:農業と関係の深い「環境経営士」https://www.compact-eco.com/ もご参照を
